1/12 アオシマ スティードVSE フロントリムスポーク張り替え。
タミヤのロードスターを製作した時は余り気にならなかったのですが、今回製作しているアオシマのスティードはタミヤ比で随分不親切と感じるぐらいブットイ状態のスポークだったので、張り替えをすることにしました。
スポークの張り替え自体は初めてですが、以前に1/32スケールのカーモデル用に試作した完全フルスクラッチのワイヤースポークホイールである程度状況を予測していました。
今回のものは専用治具を3Dプリンタで作成してトライしました。
あと、リム本体も3Dプリンタで作成しました、これはより正確な穴開けと、今後のためのトライとして作成しました、あと、オリジナルパーツ側が破綻したためw
0.8mmのアルミパイプと0.3mmの洋白線で、ブレーキディスク側を終わらせました。
割と良いですね。
オリジナル状態の維持ではなく、創造力をメインで進めました。
このやり方だと反対側のスポーク張りが面倒ですが、結果的にはこのほうが収まると考えました。
あと、続々と5台のバイクのパーツ切り出しを進めながらカウルワークを並行しています。
更に、タミヤのNinja H2カーボンで使うエッチングメッシュを作成しました。
半分失敗しましたが、今回使う分は充分取れるため、今回はこれで成功としました。
ドゥカティ916のパーツが幾つか破綻したので、こいつらをどうするか今思案してます。
バイク模型は手応えが本当に凄いです。
今回初めてアオシマのものに手を出しましたが、確かにタミヤのものより不親切ではありますが、個人的にはそんなに印象悪くは無いんです、むしろ、潔い。
ひとつのパッケージでパターンを複数選択出来る分、リベンジの方向性はリトライでありながらアナザーベクトルの要素を含むので、実際のところはかなりの回数トライ出来るだけパッケージだなと。
反面、タミヤのバイク模型は合理的なパーツ配置が多いので、組み立てはともかく塗り分けに相当な工夫が必要になります。
無論、近年のパッケージはそのへんもしっかりと考慮されておる様子ですが。
さて、手応えスゲーです。
1/12バイク用ボルト置き換えパーツ by 3Dプリンタ。
よくバイク模型のディテールアップでウインドシールドのボルトを虫ピン等に置き換える方法があります。
このようなボルトの置き換え用として、パーツを3Dプリンタで出力しました。
サイズは頭が1mmのナベで6角レンチ締めするような見た目を狙いました。
実寸ですと12mmですかね。
携帯のカメラのマクロではこれが限界。
なのでwifiマイクロスコープで。
出力して洗ったものにガンダムマーカーのメッキシルバーでどうなるのかやってみた状態です。
ま、肉眼で見る分には問題無さそうです。
間も無く開始する5台のバイク模型に使用してゆこうかと思います。
間も無く塗装ブースが完成します。
プラモは殆んどが塗装です。
塗装ブースの整備は前からやりたかったのですが、そのために部屋を3つも片付けるハメになりました。
換気扇の作成などを進めて、今まで自分の部屋だけでやってきた作業を部屋分けしました。
都合現時点で作業場所は沢山分かれましたが、作業効率は圧倒的に良くなりそうです。
やはり環境の整備は必要だな。
アセトン転写式プリント基板、エッチングの結果。
本日の残量体力全てを費やし、エッチングを終えました。
結構成功。
パターンを転写した部分の拡大比較。
パターン転写後の図。
エッチング後の図。
エッジは結構あまい気がしますか、GNDパターンのハッチの格子模様がお綺麗です。
1000番のスポンジやすりで磨いた状態。
大成功と言えます。
ちなみに、数日前にパターンを転写したパワーアンプの両面基板も本日エッチングを終えました。
コチラの基板は厚さが0.6mmと薄いため、GNDのハッチの格子模様から裏面のパターンが透けて見えます。
ちなみに、このパターンは数ヶ所失敗してますが、修正するためこれを完成としました。
正解の図。
失敗の図。
この失敗の原因は、用紙のレジンコート層を除去した後の加圧ミスにより発生したパターンの定着不足です。
全体的に定着不足の部分があった訳ではないのですが、致命的にパターンに現れたのがこの1箇所でした。
GNDパターンのハッチ部分には数ヶ所定着不足がありましたが、ここはマジックで補修しました。
転写に熱を使わず、道具へのダメージも低いアセトン転写式プリント基板は、レーザー刻印機導入が実現するまでは利用すると私は思います。
現時点で最もスマート且つ結果を出しやすい方法は恐らくレーザー刻印機でのレジスト生成でしょう。
以上。
アセトン転写式プリント基板自作。
色々と試行錯誤しましたが、成功率はアベレージで75%を越えたため、その方法について記録します。
まず用紙。
余り色々試してませんが、結果的に現時点ではコーナンにて仕入れた『インクジェット用デジカメ印画紙 厚口タイプ』が最適。
高価な光沢紙ほど上手くゆきませんでした。
恐らくダイソー等で手に入る光沢紙は使えますが、高級コート紙はダメでした、トナーが紙のほうに定着してしまいます。
恐らくコート層がアセトンと仲良すぎなんでしょうね。
L判出力の理由は、そもそも大判のものは作成しないのと、基板を分けたほうが様々な設計に対して柔軟にアクション出来るし、失敗のリスクを低減出来ると考えているため。
パターンはどのようなものでも良さそうだけど、注意点として、ベタGNDはソリッドではなくハッチで出力する。
恐らく広い範囲のベタはこの方法は不得意っぽいため。
印刷設定は『特厚い濃い細かい』で。
基板の前処理は通常の研磨と脱脂。
今のところ片面基板のみですが、この方法であれば確実に位置合わせが出来るのであれば両面基板でも同様の結果が得られる模様。
アセトン:水 = 1:1。
スポイトで基板に散布し、パターンを印刷した用紙を適度な余白を残して切り取って基板に乗せる。
テープでの仮固定はしてもしなくても結果は同じでした。
基板と用紙をズレないようにしてクッキングシートで挟み、写真用の透明のハードケースに挟んで、更に板で挟んでクランプで加圧。
加圧の具合は高過ぎず低過ぎず。
クッキングシートで挟む理由は、パターンを印刷した紙が思わぬ場所に持って行かれないためです。
例えば、今回であれば写真用のハードケースにサーフェイステンション等で張り付いて悪さをする等のエラーを回避するためです。
この状態で約1時間放置し、ハードケースからクッキングシートごと取り出して最初のとても大事な工程、裏側のレジンコート層を剥がす。
レジンコート層が無い、裏が普通の厚目の画用紙等の、吸水性のある用紙であれば、その表層を薄く剥がすと良い結果が得られる確率が上がりますが、上手く表層のみを剥離するのは難しいので、裏が吸水性のある用紙ならば無理やり剥がさなくても良いと思います。
ちなみにこのレジンコート層は大変薄いので、なるべく先の鋭利なピンセットで慎重にゆっくりと剥がします。
ベースペーパーを剥がし過ぎると失敗します。
更に注意するのは、このレジンコート層を剥がす際にパターンの面が浮かないよう全身全霊で集中しておく事。
ここで少しでも浮いてしまうと失敗、やり直しです。
失敗するとどうなるかって言いますと、溶けかけのトナー層がビヨーンと伸びて瞬時に乾き、灰のようになるのです。
こうなるとどうやってももう定着しません。
レジンコート層を上手に剥がしたら、再度アセトンを散布し、クッキングシートで挟み、写真用のハードケースに入れて、ハードケースの上から爪や先のある程度硬い棒等でパターン側を擦ります。
この行為の有用性は未確認。
ある程度擦りましたら、今度はハードケースの外側をスコットのショップなんとかかんとか等の不織布ウエス等で挟み、クランプで加圧します。
このクッションを挟んで加圧する行為により、加圧の加減が自然自動調整される効果があるみたいです。
あるみたいですが、クランプで加圧する際は圧力の分散をしっかり設計して下さい。
点加圧してはいけません。
圧力は高くなく低くなく、ぐらいで。
高すぎるとパターンが潰れてしまい、低すぎるとパターンが定着しません。
ウエスがあっても高圧だとダメです。
この状態で約1時間放置。
いよいよペーパーを剥離しますが、このペーパーが凄いのは、めちゃんこキレイにツルっと取れるところです。
ハードケースから取り出した直後はまだアセトンが残ってますので、少しティッシュペーパー等で拭いた上でアセトンが飛ぶまで数分待機します。
ちなみにこの状態での放置が長いとペーパーと融着したような感じになり失敗します。
こちらが完成品。
パターンの太さは一番細い部分で約0.3mmですが、特にエラーは無いです。
ベタGNDのハッチの線の太さは0.25mmぐらい。
綺麗なもんです。
ちなみに、パターンの転写が成功しているとトナーの表面は光沢になります。
パターンが艶の無い状態の部分は定着していません。
あと、この方法で転写したパターンは大変デリケートです。
エッチングの際も決してパターンに触れないよう慎重に作業しなくてはいけません。
本日はここまでで体力メーター終わりましたので、エッチングはまた後日。
ちなみにこの基板は、塗装ブースのためのファンを稼働させるための接続基板と、ブース周辺のLED照明のダイナミック点灯制御基板です。
感光基板やらアイロン転写やら色々とやりましたが、アセトン転写の方法も大変試行錯誤した結果割と良い結果が得られるようになりました。
もしかしたらどなた様かの参考になるやも。
早く塗装ブース回りを完成させて、待機中のバイク達を組み立てたいです。
有井オーナーズクラブ1/24 '68コルベットのリトラクタブルライト。
タイレルP34が塗装中の事故で破綻してしまったため、こちらを開始しました。
有井さんのオーナーズクラブ、1/24スケールの'68コルベットスティングレーです。
据え置き型で駆動する部分については動かすカスタムを施す予定で、リトラクタブルヘッドライトを最初に着手しました。
3Dプリンタで出力したリトラクタブルヘッドライトパーツを仮付けしました。
高さや形状を調整する必要がありますが、とりあえず開閉動作はいけました。
バルブ部分にはファイバーを通してライトの表現を行います。
レンズも出力してますが、こちらはまだサポートから外してません。
ちなみにフロントバンパーとグリルの一体パーツは、グリルを抜いて塗装しております。
下地処理がガチンコで大切な、メッキ風塗料、というよりメッキ塗料です。
50mlで¥2,500-ぐらいする非常に高額な塗料ですが、効果は桁違いです。
どこまで動かすか、どのように動かすか、考えて参ろうかと思います。
安倍晋三さんと民主主義と、私。
事件の全体像が全く明らかになっていない時点で、双方にあーだこーだは言えないので、私が思う民主主義と、そこに対する安倍晋三と、私の存在について記録しておこうと思います。
私自身は、やはり民主主義とは絵空事であると感じていますし、そう確信しています。
日本人は相当なおバカさんになってしまっているので、今回の件も政治家や報道は『テロ』と言ってますが、その際に『テロ=民主主義の敵』と定義してしまっているのはどうなんでしょうかね。
9.11の後、中東で『対テロ』として行われた虐殺は、その際に亡くなった民主主義ではない一般人からしたら、それはやはり『テロ』なんじゃないのかな。
民主主義というのは、あくまで構造的な存在です、それが共産主義でも、社会主義でも、帝国主義でも、それは国家の構造的な存在であり、個々のよりパーソナルな部分に於ては、そんなに意味のあるもんではない。
日本は未だに、あの戦争を木槌で延べているだけです。
日本が歪んだ瞬間はもっと前であり、その歪みは実に徐々に加わったので、殆んどシームレスに感じてる、ただそれだけです。
日本の国家構造は封建主義であったのだけど、結局その形状は民主主義に変化した。
誰もハッキリ気付かないまま西洋主義が広がっただけです。
実際、日本は近代に措けるまで大変血生臭い改革が続いた国でした。
その状態が大きく変化したのは、あの戦争に敗北したからであり、あの敗北を阻止できる国力が全く無かったからです。
日本の強みって、一体何だったのか。
戦争の歴史は語ってますが、そもそも日本は戦争が上手なんです。
ただ、その戦争の近代化を維持する資源が出てこない国だったのです。
戦争の実体は、権力ではなく常に資源です、つまり資本主義です。
日本が大陸を目指したのは、戦争を続けるための資源を得るため、つまり、燃費の悪い戦争をしなければならなかった訳です。
結果的に日本は枯渇して敗北し、理解不能な死者を出し、米国に屈服するしか無くなった。
その状態自体は今も続いています。
私は米国そのものは好きです、文化も人々も。ただ、米国のやり方にはずっと嫌悪感があります。
そういった面で、安倍晋三という人は本当によくやったと思っているんです。
日本の政治の本質は、対外的に強いかどうかだと私は思ってます。
日本国民は特に思考が浅いですから、民主主義がどうのとかをよく言いますが、結局日本の政治家が本当にやらなきゃいけないのは、対外的対話力の誇示です。
安倍晋三が本当に出来たのは、そういった面だと思います。
国内で色々あった安倍晋三への揚げ足取りは、別にそんなに問題にならんですよだって、そもそも日本の国会議員さんの報酬自体が法外に高いんだからね。
この国の今の弱点は、税収能力に対する支出のバランスがありえないって所。
支出のうち議員報酬がどのくらいか、そして、なんでそんなに議員報酬が高くないといけないのか、それを本気で考える国民が増えたら、まず自分への保障の部分で甘口な事を言う政治家への投票ではなく、政治家自身が自分に対して極めて辛口な方針を打ち出せる政治家への投票へと仕組みが変わるでしょう。
そうなれば、そもそも選挙活動中のセキュアへの投資も増えるでしょう、だって、議員報酬をちゃんと見直してゆけば自ずと、国民への保障の予算は成立するんだから。
安倍晋三が亡くなった事は、私自身とても悲しいです。
近年で一番好きな政治家さんだったから。
当然、亡くなったって何も感じない政治家さんは沢山居ます。
ただ、やはり民主主義を掲げて選挙活動をしなきゃならない仕組みがある限り、今回の安倍晋三の死は、構造的に防げないって私は思いました。
スナイパーの信条や安倍晋三の信条は関係無いんです、ただ、この国の今の平和の根元が、耐え難い敗北を土台にしており、その敗北の根元が、民主主義至上主義の流れであった事は、未だに日本に米軍基地が沢山あり、現職米国大統領が広島に来ても歓迎しなければならない状態から明白です。
今の民主主義は、お互いに銃口を喉に刺し合って成立させているものであり、つまり、抑止力型民主主義であり、思考型民主主義とは正反対にあります。
思考型民主主義が進めば、自然と民主主義の構造は変化して、怠惰では無くなるでしょう。
そうなった時私は、民主主義が成立した事を祝いたいと思います。
安倍晋三さんが亡くなって本当に悲しいです。
スナイパーの信条のその到達については、明確になってから判断したいですが、結果的に切なくなるような気がしています。
以上。
HBD、えりぽん♪
昨日でありますが、えりぽんさん、25回目のお誕生日おめでとうございます!
そして、えりぽん歴の元日であります。
皆々様明けましておめでとうございます。
本年も何卒どうぞ、宜しくお願い致します。
えりぽん激単推しを明確に終わらせたのは昨年の事でした。
この10年間程度、えりぽんを推させて頂いております。
夢のような時間を戴けた事について、とても幸福であったと同時に、強い孤独を感じながらのえりぽんヲタとしてのヲタ人生でありました。
もちろん、自分で選んだ手段でした。
私として一番印象的であったのはやはり、ピンポンダッシュのTシャツを自作して握手会にて披露したあの日であります。
あの時以来、自作Tの可能性について今に至るまで試行錯誤を繰り返しています、その原点自体は、里沙姫のとあるTシャツの自作から始まりましたが、現場で大々的なるアイコンとしての使用目的で作り始めたのは、えりぽんのお陰です。
Tシャツの自作そのものは、実に早い頃からやっていました、それこそヲタ人生の初段階ぐらいからやってましたが、それはアイロンプリントのものであり、私はその可能性の低さは早めに気付き、止めました。
スクリーン印刷の可能性の高さに気付いたその時から、私のTシャツ自作の流れは一気にそちら側に傾倒しました。
えりぽん関連のデザインは確か6種類ですが、最も私が完成させたと感じるデザインは『collaboration』です。
どのTシャツも、えりぽんにお見せ出来ましたし、見ていただけたのは、とても幸せでした。
しかし、実は私の中にはもっと沢山のデザインがあり、作成意欲はあったのですが、えりぽん激単推しというスタンスの前に、封印したものが多数ある結果になっています。
そして、そのデザインの多くは旬の頃を過ぎてしまい、使用できなくなっています。
もちろん、えりぽん自身が本気で激単推しを強要していた訳ではないのは解っていましたが、ある一種の畏れがあったのは事実です。
私は、えりぽんをビジュアルメンだと思った事が1度もなく、今も昔もビジュアルありきではありません。
えりぽんの脳内回路部分に対する推せる要素の高さを私は推しています。
あと、歌声です。
話すときの声も好きです。
最近強く自覚した、話し声の魅力への傾倒が、えりぽんの場合とてつもなく高い。
それは今でもそうです。
ビジュアルに対する平均的興味は、えりぽんに対して今は全くありませんが、あの声がたまらなく好きです。
そして、考え方が好きです。
あとどのくらい聞けたり体感できるかわかりませんが、大切にしたいなって思います。
HBDえりぽん!